◆ 大社の行事・神事

大社の恒例神事は例大祭を含む七回の大祭式に依る祭典以下関係する摂末社の神事迄年間二百余度の祭典が執行されております。  

◆御頭祭(上社例大祭)4月15日

本宮で例大祭の神事執行後神輿行列を仕立て前宮に赴き十間廊で古式に依る祭典が行われます。古くは三月酉の日に行われたため酉の祭りとも言われ、農作 物の豊穣を祈って御祭神のお使いが信濃国中を巡回するに際して行われたお祭りで大御立座神事とも言います。特殊神饌として鹿の頭を始め鳥獣魚類等が供え られるため一部では狩猟に関係したお祭りの如く言われています。唯今は鹿肉とともに剥製の鹿頭をお供えしますが、昔は七十五頭献じられたこともあり、中に必ず耳の裂け た鹿があって高野の耳裂鹿と言い七不思議の一つに挙げられています。

◆お舟祭(下社例大祭)8月1日

二月一日に春宮にお遷しした御霊代(みたましろ)を神幸行列を以て再び秋宮へ御遷座する遷座祭に引続いて下社例大祭が秋宮で執行されます。この遷座の行列 に次いで青柴で作った大きな舟に翁媼の人形を乗せた柴舟が当番地区(御頭郷)の氏子数百人に依って春宮から秋宮へ曳行されます。秋宮へ曳付けて神楽殿を三 巡し、神事相撲三番が行われて式が終り、翁媼人形は焼却されます。明治初年迄は柴舟を裸の若者が担いで練ったので裸祭りの名も伝わっております。尚、遷座祭 には当社独特の風習として楊柳(川柳)の玉串が献じられます。

◆蛙狩神事並御占神事(上社)1月1日

本宮前の御手洗川の氷を砕いて蛙を捕え、神前で小弓を以て射通し矢串のままお供えしますが、どんなに寒い年でも蛙が捕れ、七不思議の一つです。続いて宮司が神占を行い、当年の諸祭儀に奉仕する地区、御頭郷を選定する御占神事が行われます。


◆筒粥神事(下社)1月15日

春宮の筒粥殿で米と小豆と葦の筒を大釜に入れて一晩中粥を炊き、十五日未明に筒を割り中の粥の状態で豊凶を占います。現在は四十四本の筒で農作物四十三種と世の中全般を見ます。占いの正確なこと神占正に誤りなしと七不思議の一つです。

◆御田植祭り(上社)6月上旬

◆御作田社祭・田遊神事 6月30日

下社の末社御作田社の神前で田舞を奏し、三坪程の神事田で田植をします。一ケ月後の八月一日には神前に供することが出来たと言われ、御作田の早稲と言い七不思議の一つになっています。室町時代の記録では上社の藤島社でも同日田植神事が行われていますが現在上社では6月初旬に御田植祭が行われます。

上社の御射山社は八ケ岳の山麓にあり、下社は江戸時代初期に八島高原から秋宮東北五キロ程の山中に移されました。青萱の穂で仮屋を葺き、神職その他が参籠の上祭典を行うので穂屋祭りの名称があります。鎌倉幕府は全国の武将をこの神事に参列せしめ、八島高原や霧ケ峯一帯で武芸を競わせたりして祭事を執行し、参加した武将は諏訪大神の御分霊を拝戴して任地に赴き御分社を祀りしました。その為多くの御分社はその例祭日を秋の二十七日前後にしております。尚唯今では農作物の豊穣祈願と二才児の厄除健勝祈願を行っております。

◆式年造営御柱大祭 
4月山出し 5月下社宝殿遷座祭 5月里曳き・建御柱 6月15日上社宝殿遷座祭

諏訪大社の諸祭儀の中でも特筆すべき大祭で、社殿の建替とその四隅におんばしらと呼ぶ大木を曳建ることに大別されます。起源は遠く古代に遡りますが、平安朝時代初期桓武天皇の御代からは信濃国の総力をあげて奉仕され費用の調達の為に元服の式や婚礼、家屋の新築や増改築が禁じられたこともあります。現在は御宝殿(本宮、春宮、秋宮)計三棟の御造営と諏訪地方一円約ニ十万人を越える、老若男女の区別なく御奉仕頂いております。

おんばしらの用材は樅の木が使われ、三年前から御用材の選定等準備が始まり、上社関係は約二十五キロ隔たる八ケ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから 約十キロの里程を曳き出します。大きな柱は周囲三メートル、長さ十六メートル余、重さ十二、三トンにも及び、独特の木遣り歌と共に千人から二、三千人の人々により曳行されます。

車もコロも使わず人の力だけで曳行する為に原始的ではありますが、急坂を曳き落したり、川を引き渡したりして荒く勇壮な行事として知られています。

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